このブログでもご紹介した「江夏の21球」を引用して、今日の日本経済新聞朝刊、「春秋」に次のようなコラムが載っていた。
「江夏の21球」に野球の全てが凝縮されている。そして福島原発事故に分析し、今後に生かすべき全てが詰まっている、・・・と。
少々極端な比喩かもしれないが、野球のアナロジー(比喩)が好きな私にとっては、新鮮な話でした。
~~ 以下、日本経済新聞 2011年5月25日 朝刊 春秋より引用 ~~
「江夏の21球」の伝説はいまだに人を興奮させる。3勝3敗で迎えた1979年のプロ野球日本シリーズ最終戦、4対3と近鉄をリードした九回裏に、広島の江夏豊投手は無死満塁のピンチを切り抜けた。その攻防を分析した物語である。
本当なら近鉄がサヨナラ勝ちしていたという隠れた話を「文芸春秋」誌で知った。
スポーツジャーナリストの二宮清純さんによると、ファウルと判定された打球に広島三塁手のグラブがかすかに触れていて、じつは安打だった。
もう故人になっている三塁手は「墓場まで持っていこうと思う」と語っていたそうだ。
言った言わないの悶着(もんちゃく)があったと思えば、今ごろになって地震直後の危機がぽろぽろ公表されたりする。
福島第1原発事故の隠された物語はまだ尽きそうもない。それでもきのう、やっと政府に事故調査・検証委員会を置くことが決まった。
委員長は失敗から教訓を得ることを訴えてきた「失敗学」の権威である。
野村克也さんが先日、「21球の場面には野球のすべてが詰まっている」と説いていた。
そこから野球とは何かを学ぶように、福島の事故すべてを分析し尽くして今後に生かすのが事故調の責務ということになる。
過ちも失敗も出てこようが、墓場に持っていけるものは何一つない。そのことだけは言っておきたい。
~~ 引用終わり ~~
