日本経済新聞というと、スポーツ紙と対局にあるような新聞ですが、ここのスポーツ面はやはり日経ならではのウンチク溢れるコラムがあって面白いです。
特に豊田泰光氏の「チェンジアップ」は、野球を下敷きにして、仕事、会社、組織、人生感、等々・・サラリーマンが思わずうなずいてしまうコラムとして楽しみにしています。
9月10日に、こんな記事が載っていました。
なるほど・・・守備にこそ野球美学の極みがあるのかも・・・
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守備の魅力を味わおう (日経2009/09/10 チェンジアップ(豊田泰光))
6日のヤクルト戦での巨人のヒーローは一回の美技で先発の高橋尚を救った中堅・松本だった。このプレーを取り上げたスポーツ紙もあったが、守備を書いて売ろうという新聞はまずない。
野球を観戦しながら、守備を賞味しないのはもったいないことだ。
私のような打者として売った選手でも、心に残るのは打撃より守備の記憶。守備には打撃では得られない種類の快感がある。
二遊間で併殺を完成させてベンチに戻ると「ショート、セカンド、ナイスプレー」と仲間が声をかけてくれた。2人で一緒に褒められる喜びは1人褒められるのとは違う。
外野からの中継プレーも同じで、心が通じ合ったという感覚が何とも心地よかった。
守備をめでる文化が育ってこなかったことに関して、惜しまれるのはON時代。
王、長嶋のバットばかりに目がいったが、その打棒と同様に伝えられなければならなかったのは2人の守備だ。
一塁手としての王はショートバウンド送球の処理が絶妙だった。遊撃の経験者として、守っていながらあれほど頼もしい一塁手はいなかっただろうと思う。
長嶋はスター選手のなかで、三塁線の打球に飛びつくというフィールディングを日常のプレーとした最初の人ではないか、と私は思っている。
今からすれば理解しがたいだろうが、我々の時代は飛びついて捕球するのは格好が悪い、品がないという価値観を持つ人がいた。
日系人の与那嶺要さんが米国流の激しいプレーを日本に持ち込むまで、滑り込みなどもお上品だったわけで、どうも昔の野球にはすました感じをよしとする空気があったらしい。それを長嶋が変えた。
だから、あの守備をただのパフォーマンスと見るのはとんでもない間違いなのだ。
残念ながら、こういう守備の歴史は十分語られてこなかった。当の長嶋があまりに楽しげに守っていたために、刻苦勉励、難行苦行を尊ぶ日本人が、いまひとつその真価を測りかねた。
もちろん私を含め、語り手の側の失策も記録されていい。 (野球評論家)
